わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

お世話になった部屋。

お盆を過ぎたあたりに、引っ越しを決めた。

ついに引っ越しは明日。

引っ越すと言っても最寄駅は変わらない。

駅の反対側に行くだけだ。

 

今回、色んなものを捨てた。

特に大きいものを捨てた。

冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、ベット。

今週は上記がない生活で、少しつらかった。

ヨーグルトとぶどうを毎日食べるのが癒しだったのに、冷蔵庫がないためにそれは奪われた。

ほくほくのたこ焼きが食べたかったけれど、電子レンジがないために(以下略)

洗濯こまめにしたかったけれど(以下略)

 

何年ここに住んだんだっけ。6年くらいになるのかな。

思い出はそこそこあるような気がしたけど、特に覚えておきたいことはそれほどなかった。

でも何故か、とてつもなく淋しい。

みんなちゃんと大人になってそれぞれの道を選んで、家族の形も変わっていって、友達とも段々と会えなくなることが、とてつもなく淋しい。

父や母に優しくできないまま大人になってしまった気がして、自分の小ささが哀しい。

引っ越しとは全く関係ないのだけど、

色んなことが淋しく感じる。もっと楽しいことを山ほど考えたい。

 

 

 

 

毎週末、バスに乗って、少し離れた安い野菜屋さんに行くのが好きだった。

今住んでいる入船も好きだったけど、

新浦安と浦安の間にある、堀江に行くのが好きだった。

 

TSUTAYAがあって、美味しい焼肉屋さんがあって、ドラッグストアの前を通って、猫がわんさかいる猫通り(勝手に命名)を夜歩くのが好きだった。

もうそこにでかけることはほぼないんだろうなと思う。

 

でも、野菜屋さんは安いから、チャリに乗ってまたでかけようかな。

 

引っ越しが落ち着いたら、ちゃんと自分のためにちゃんとした食事を作ることを頑張りたい。

私は放っておくと、うまい棒やマヨネーズ、魚肉ソーセージで生きてしまう。

相当まずいと思う。

 

とりあえず、無印良品で大きめのサラダボウルを買おう。

あと、ちょっと良さげな冷蔵庫も欲しい。

 

 

6年間?今のお部屋にお世話になりました。

ありがとう。

地震で揺れまくるボロアパートだったけど、ありがとう。駅近で安くて、私には最高だったよ。

明日最後のお掃除でピカピカにしてやんよー!

 

はっち。

最近気になるドリンク。HACCHI。

http://hacci1912.com/products/list.php?category_id=26

 

欲しい!飲んでみたい!

ハリツヤ欲しい!

 

現場からは以上。

せかいたちのおわり。

人生にハイライトがあるとしたら

ここだけは譲れない!というのがあって

それだけできっと幸せだったのだと思う。

 

私がこのまだ短いようで長い人生の中でそれを思い出すとき、

ミスチルのWorlds endがいつも流れていて

何度でも何度でも思い出す。

まだ死にたくないって思うとき

その曲を聴くのです。

 

 

心のむく先。

久しぶりにサカナクションユリイカを聴いた。

懐かしさで心が潰されそうになった。

 

昔の日記を読んだ。

 

ちょうどユリイカが発売された頃で、

それは3年以上前で、

あの頃の気持ちをもう忘れていた気がしたのに

言葉で残しておいて良かった。

 

滅茶苦茶に幸せな気持ちと、

滅茶苦茶に死にたい気持ちが交互に、そして短い間隔でやってきて疲れていた。

けれど色んなところに行こうとしていた。

 

前より、そういう、消えてしまいたい衝動はなくなってきたけど、年齢を重ねるにつれて増えて行く心の空虚感は何故だか拭えない。

大人になってしまったからかなと諦めていたけれど、自分以外の人はそうじゃないのかもしれないと思うと、とても損をしている気がしてくる。

心をうまく明るい方にコントロールできることが大人としてのあるべき姿なのだと、最近はよく感じる。

 

この不思議な空虚感はいつか消えることがあるのだろうか。

 

結論は出ず。

ここ最近、何故かかなりの頻度で

「君はもっと自信を持っていいんだ!」とか

「もっと自信もってよ」

などと言われたりした。

それはきっと私の背中を押す意味で言ってくれたのだろう。

 

けれど私にとってはそれはキラーワードであり、

自分の一生の課題なのではと思っている。

 

何故こんなに自分のことを認められないのかたまに考えるのだけど、

原因がよく分からないのである。

 

自己肯定感の低い人は、親の育て方が悪かったとか言うけれど

うちの親はどちらかというと親バカな方だったし、よく褒めてくれた方だし、

根本を否定されたような思い出は見当たらない。

だから私はもう、細胞レベルでこの性格になってしまったのではないか?と考えている。つまり遺伝子ですね…

 

しかしそうも言ってられない。

性格はすぐに変えられなくとも、せめて行動は変えられる。

 

…って、何から始めればいいんだろう?

女王様になった気分で生活してみたらいいのだろうか。それはもはや私ではない気が…

 

自分を保ちつつ、傲慢にならず、

自分に自信を持つとは????

 

などと最近はぐるぐると考えていた。

これはもう本に頼るしかないな。

 

根拠のない自信を持った人生を送ってみたいものだ。

 

 

頭と心の乖離。

写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴くことが唯一の趣味みたいなものだったのに

ほんとになんにも無くなってしまった。

何故だろう。

それがとても哀しくて、空っぽに感じる。

 

数年前から、

自分が楽しいと思えることが何なのか分からなくなって、

お休みの日の夕方に1人でいると、消えてしまいたい気持ちでいっぱいになる。

夜になると平気になるから不思議だ。

 

でもいまだに、暇がとても怖いし、

時々、私のこの落ち込み用はもはや病気なのでは???

と思う時もあるのだけど、チョコレート欲というか、食欲はあるので病気じゃないんだろうなと自己診断をして今に至る。

 

『全ては考え方、捉え方次第だ』

ということが頭で理解できても、

心がなかなか、追いつかない。

 

 

 

全ては決定力なのかもしれない。

 

最近一緒に仕事をしている、社内キーマンの人が同い年でしかも後輩にあたる。

Dさんである。

同じ年代の人と対等に仕事できることがあまりないので、貴重だな、楽しいな、と少し思っている。

ただ、お互いに未熟な部分がありすぎて試行錯誤。頑張っていると思う。

 

今関わっている仕事は、特定のユーザーさんがいないため、全て自分達が決める。

出来るだけ、今後に繋がるような最大公約数的を見つける。

でもそんな簡単なことじゃない。

 

Dさんの所に仕様を確認しに行くと、

ノートパソコンの周りがいつも散らかりっぱなしで、

忘れないようにタスクを付箋紙に貼ってあったりする。

 

その中に、

 

『あっちをたてればこちらがたたず

こちらをたてればあちらがたたず

むずかしいんだなぁ   Dを。』

 

と付箋紙に書いてあって、思わず笑ってしまった。

 

 

「ずっと気になってたんですけど、なんですかこれ笑」

 

「ああ、思ったことを書いたら、つい。。笑」

 

頑張ってんなぁ。

私も頑張らないとなぁ。

(と思いつつ、体力が足りない。)