わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

おやすみしたこと。

仕事を約1カ月休んだ。

 

勿論、入社して以来こんなことは初めてなことで、一体どうなることやらと思ったけれどなんとか生き延びた。

休んだからと言って好きに出かけられることはなく、日によってはまるで死んだように一日中ソファに横たわっていた。

調子の良い日は近所のイオンに出かけて、食材を買って、「ああもう無理だ1分でも早く横になりたい、ワープしたい」と思いつつ、たった10分の道のりを歩いた。平日は常に一人だった。一人に慣れている性格で良かった。夜はやっぱり不安だったけれど。

 

予想通りだったが、私は休むことが向いていない。3日目あたりからもう無理だったと思う(精神的に。一人でいることが。)

ただ、丁度母が上京していたりしたので、私の調子が良い日は一緒に料理をしたり、少し買い物をしたりした。

 

食生活はずっと最悪だった。味の濃いもの、スナック菓子、時にはおかゆをひたすら食べ続け、痩せることとは対極の方を行った。

しかし夕方以降になると何も食べられない日が続いた。野菜スティックをひたすら食べる日があったり、キャベツ太郎うまい棒を食べまくる日もあった。野菜をうまく食べられる日が少なかった。口寂しいと飴玉をひたすら舐め続けた。

私の体が私のものではなくなる感覚がとても辛く、1日でも早く解放されたかった。でもまだまだこの生活は続く。

 

夜中に何度も目が覚めた。頻尿と便秘が地味につらい。あと、不思議なことに部屋の灯りが妙に明るく感じたりした。

 

暇過ぎて、でも動けないのでひたすらスマホでドラマを観たりした。

 

コンフィデンスマン。

WITH LOVE(竹野内豊様の。めっちゃ懐かしい。)

失恋ショコラティエ

コウノドリ

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

 

あとは、好きに食べられないストレス(食欲はないのに食べなければ気持ちが悪いストレス)から、ロシアン佐藤さんの大食いの動画をYouTubeで見まくった。

ロシアン佐藤さん、好き。大食いもすごいけど、大食いのために作る料理がとっても上手で、食べるのもキレイ。

ギャル曽根さんも見てて思うけど、大食いの女性でキレイに食べる人は素敵。

ロシアン佐藤さんにだいぶ救われました。

 

 

来週からなんとか社会に復帰する。

ほどほどに生きていこう。少しずつ頑張ればいいや。

 

長いような短いような1カ月が終わった。

 

 

 

お風呂の中のフリーセル。

人は青春時代(主に10代)に聴いた曲を聴き続けるというけれど、

最近はひたすら2〜3年前に好きだった曲を聞いていた。

今日はふと宇多田さんの昔の曲が聴きたくなり、ULTRA BLUEを聞いたら猛烈に懐かしく、大学一年生だった頃の部屋でひたすら聴いて過ごしたことを思い出して幸せだった。

 

あんなにも前に、あんな歌詞を書いてしまう彼女はやはり天才だな、

と思いつつも、

いや、あの年齢だから書けたんだなとハッとする。

私もあの頃は狭い世界で、今の何百倍もの感情に囲まれていたように思う。

 

そんな夜。

寒すぎて長風呂をしながら黙々とフリーセルをしています。

 

スマホの時代だ。時代は流れているのだ。

何故こんなタイトルにしたのか。

いや、今日初めて自分のこのはてなブログのページをPCから見てみたんですけど、

写真でかっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

と思ったので思わず。ね。

今まで一度もPCで閲覧したことがなかったというのも驚き。

WEBページはもうPCではなくスマホで見る時代だね。

PCを触るのはもう仕事の時だけだね。そんな時代だね。

なんて思ったのであった。

 

あと久々のgoogleChromeのブックマークを見てみたら

おそらく学生時代~社会人2,3年目?くらいまでのブックマークがそのまま放置されていて残ってたことに気が付き、

昔よく見ていたお気に入りページを色々と巡ってみた。

友人の止まったままのブログ、お気に入りのイラストサイト、写真サイト、

食べに行きたいなぁと思っていたイタリアン、おしゃれな個室レストラン、、

当時の私が好んでいたものがそのままブックマークに残されていて

その時代に一瞬戻ってしまった。懐かしい。

 

学生時代、大学は違うけれど手紙をやりとりしたり(当時、メールが主流だったのに敢えての手紙)、たまに会ったりしていた友人のブログが特に懐かしかった。

友人はその頃、初めて恋人ができてとても幸せそうだった。

もう10年以上前の話。

その子は、恋人ができるまでずっと孤独だったんだなと思う。「その子は」というよりかは、「誰しもがそうであるかのように」だとは思う。心と体の病気もあったし、辛くなる度に私のところに連絡がきた。

けれど、その友人に恋人ができて、一緒にいる人ができてから、

私には連絡がこなくなった。淋しい気もしたけれど、きっと幸せなのだと思い、ずっと会わずにいた。

 

あれから約10年くらい経ったのだろうか。

何年かぶりに彼女から連絡がきた。その当時付き合っていた彼と結婚したと。

10年ほど付き合ってからのゴールイン。

漫画かよ!ドラマかよ!!素敵すぎじゃねぇか!!おめでとう!!!

 

と、私はとても嬉しかった。

もう連絡を頻繁に取っている友人ではないのだけれど、あの子が幸せだったらいいなぁと今でもふと思える相手がいるということは、幸せなことだね。

お正月に、毎年素敵な年賀状が1通届く。それは10年変わらない。

それもとても幸せなことだな。そんな風に思った今日だった。

 

そして今から10年後、どんな世界になっているのだろう。

スマホは四角いままだろうか。大きさはどうなっているだろうか。

仕事の仕方も変わっていたりするのだろうか。

 

10年後の携帯電話が、丸くて可愛いやつだったらいいなぁ。

 

 

 

 

『君の名は。』

この気持ちをどうにかして言葉にして残しておきたい、そう思ってからもう2年が経ってしまった。あの時の新鮮な気持ちを正確に書き起こせるか分からないけれど、もがきつつ言葉にしていきたいと思う。

 

2年前公開され大ヒットとなった映画『君の名は。

私も世間の例に漏れず、この映画の虜になってしまった一人だ。

普段、私は音楽や映画、漫画などのエンターテイメントに対してどっぷりハマるということがない、どちらかというと非情熱的な淋しい生活を送っている。けれどこの映画はどうも私の琴線にふれてしまい、映画館では計4回の鑑賞、そして普段は絶対手を出さないBlu-rayディスクまで購入してしまうという有様。しかも、予約可能日にテンションを抑えきれずに、情報を精査しないままAmazonで1番高いものを購入してしまった。(結果、私のテレビでは見ることのできない画質の良いものが付いてくるという失態を犯した。)

 

アニメも映画も嫌いな方ではないけれど、そこまでハマれる自分ではなかった私がここまで好きになってしまった理由を挙げていこうと思う。

 

①映像と音楽(RADWIMPS)の融合

もう8割がこれに尽きるのだと思う。

 

元々RADWIMPSは私の大好きなバンドであり、歌詞と音楽どちらも愛して止まない。

 

映画の冒頭で流星が落ちる夜空を見上げる主人公たち、そこでRADの野田くんの声がシンプルに響いた瞬間から、私は鳥肌が立っていた。

 

「ああこのまま僕たちの声が

  世界のはじっこまで消えることなく

  届いたらいいのにな…」

 

君の名は。のアルバムで、個人的に『なんでもないや』と1、2位を争うくらい好きな『夢灯篭』という曲だ。

短い曲だけれど、サビの盛り上がり方と曲全体の爽快感が映画の世界観と合致している。

 

「いつか行こう 全生命も未踏未開拓の

 感情にハイタッチして  時間にキスを」

 

こんな歌詞、、書けるか?!

と、もう既に書きながら今私は興奮している。野田君ありがとう愛してる。

タイムトラベラーの物語なので、主人公2人が体験する不思議な身体の入れ替わり、そして時間を駆け巡るという体験は確かに全生命が未踏未開拓であり、そんな感情を味わうなんてことはない。そこに絡めて更に時間に対しての恋と愛。改めて熟考してもやはり野田君の感性に惚れ惚れする他ない。歌詞だけでなく音の運び方も、それはもうめちゃくちゃに好きで。

 

最初シンプルに野田君が歌うしっとり感から、物語がスピードを速めてゆくシンクロしていくサビの疾走感がなんとも言えない。

この曲を知ってから私は数ヶ月間この『夢灯篭』ばかりをエンドレスリピートで再生した。

この曲を聴くことで、普段の泥沼のような生活からなんとか清らかな感情を呼び起こし、多幸感に浸っていたように思う。

 

おっと、冒頭だけでこんなにも書いてしまった。最後まで持つ気がしない。

 

とにかくこんな感じで(急にはしょった)、監督の新海さんが至る所で語っているように、この映画とRADの音楽は密接に絡んでいて、映画のBGMとしてではなく、映像と音楽が同じ土俵の上にあり、どちらかがどちからの補佐をするのではなくて、どちらも重要な素材になっているのだと思う。

 

ちなみに最後あたりに流れる『なんでもないや』も狂いそうな程好きな曲。

私が死んだら棺桶にこの曲かフジファブリックの『若者のすべて』を入れてくれと頼んである。

 

映画館で1度目の鑑賞をした際、映像と音楽だけで胸がいっぱいになってしまい、夢灯篭の時点で涙が溢れてしまった。なんでもないや、の時点では確かに号泣していたような気がする。こんな人間は私だけですか。はい。

 

②田舎と都会のそれぞれの輝き

私自身が山に囲まれた田舎出身ということもあり、ヒロインの三葉が都会に憧れる気持ちも、都会に住む瀧が三葉の住む田舎に対して「ド田舎」と罵りつつも糸守湖のキラキラに心を揺さぶられる(と、私は勝手に思っている)気持ちも、どちらもとてもよく分かったし感情移入できた。

 

三葉が瀧に初めて入れ替わり、マンションの扉を開けて登校しようとするシーンで新宿駅のあたりの景色がキラキラ映る。

「東京やぁ…!!」と高揚する三葉。分かる。分かるよ。私ももう関東に住んで10年以上経つのだけれど、東京を1番肌で感じるのは新宿で、東京はここから始まるんだという感覚になる。

それは私が子供の頃、上京するバスの終点がいつも新宿で、新宿でバスを降りてから旅のワクワクがそこから始まったからだと思う。

 

そして瀧が体験する飛騨の田舎も、私が田舎を離れて分かった地元の良さを再現しているようで胸がきゅんとなる。

カフェなんておしゃれなものがなくても、そこには夏の涼しさと、地元の神社、風習、小さなお祭り、校庭が広い高校があって、それはその当時当たり前でも、離れてみて初めてそこが貴重な地であったことを知る。

 

「もうこんな田舎いやや!」

と夜の神社の階段から叫ぶ三葉だけど、

三葉自身が都会で暮らすようになってからは、あの田舎の時間の流れとか、澄んだ空気とか、ガラガラの電車とか、そういうものが愛しくなったんじゃないかな。そんなシーンは出てこないのだけれど、大人になって都会で生きる三葉を見てそう思ったのだった。

 

おばあちゃんと組紐を作る時に映る縁側とか、池のキラキラとか、

テッシーが三葉が踊る神社を窓側に座って見上げるシーンとか、もう好きすぎて、いつ見ても、ああああいいなぁあああってなる。田舎の夏の夜が好きなせいだな、これは。

 

③程よいコメディさ

これはもうね、おっぱいを揉むシーンに尽きる。(ぉぃ)

瀧が三葉に入れ替わり慣れてきた頃、「あいつに悪いか…」と優しく笑って自分の胸を揉むのを止めて、、からの3秒後にもう揉んでたの最高じゃないですか。はい。

そんなクスっと笑えるシーンが時々紛れ込んでくる感じもとても良い。ガンガン笑いを取りにくるのではなく、狙っているのでもなく、絶妙な加減で笑えるポイントを置いてくれるのが有り難い。

 

④景色のキラキラ感

キラキラという単語でまとめてしまうのは失礼にあたると思いつつも、代わる言葉が見つからない。

新海さん特有の景色の輝きはもう言うまでもない。このキラキラ感が、現実味がなく露骨で嫌だという人がいても不思議ではない。

でも私は、実際に生きる時に感じられないこのキラキラ感を味わえるこの映像が好き。だって映画だもの。エンタテインメントだもの。現実ではないものを味わっていいじゃない。

あんなに綺麗に降り注ぐ流星を、夢の中でいいから見てみたいよ。

 

 

まとまりの無い文章になってしまったけれどこの辺にしておく。

きっと後で読み直してちょこちょこ加筆修正を繰り返してゆくであろうこの記事。どうかお許しを。

 

※ちなみに君の名は。で1番好きなキャラは三葉の同級生のてっしーです。

成田凌君が声なのもまたらんし、あの純朴で胸に秘めた優しさのあるてっしー最高じゃないですか。すき。

夏と幸せと甘いものと。

お盆だ。

実家に帰ろうか帰るまいか散々悩んだ挙句、帰ってみることにした。

 

地元の田舎に帰ったらスシローができていた。

ずっと行ってみたかったので、

「!!スシローずっと行きたかったの!」

と両親に言い、夕方に3人で行ってみた。

 

私がずっとスシローに行きたかった理由。

これが食べてみたかったんです。

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カタラーナ。

 

甘いものが好きな友人が、このカタラーナが好きで、

前からずっと気になってたもの。

 

この日私はランチにインドカレー屋さんで、ハニーチーズナンという、多分麻薬かなんか入ってるんじゃないかなという美味しい食べ物を食べすぎていて

もはやスシローで私のお寿司好きが発揮できる感じではなかったんだけど

どうしてもこのカタラーナが食べたくて。ね。

 

美味しかったです。

 

その友人はここを見ていないと思うし

もう会えないんだけど、

元気だといいな、きっと元気だろうな、

でもすごく繊細なコだから泣いてないかな、とか。

本当に勝手なんだけど。想いました。

 

大人になると、もう思い出も傷も飽和状態になって、

どんどん忘れていくし、

すごく哀しいことも楽しいこともすぐに薄れていってしまう。

例えばすごくショックなことが起こりそうな事態になった場合、生命の危機にならないよう、その事態や感情を自動的に強制シャットアウトみたいなものが存在してる気さえしている。

 

だからもう頭がぼんやりしていて、

その友人に会えなくなってしまったことを

思い出せなくなったり、考えてはいけないものと脳が判定していて

過去がぼやけている。

 

元気かな。元気だといいな。

私はこの数年で色んなことが変わりました。

私はげんきだよ。

相変わらず真っ黒なまま泣いたり笑ったりしているよ。

カタラーナ美味しかった、ありがとう。

今年は猛暑だから気をつけてね。

私はあなたの代わりに、夏がずっと好きだよ。

 

 

変わる。変われる。

大人になったら自分の性格や好きなものはもう変わらないものだと思ってた。

 

でも割と変わるんだなって思う。

 

シャインマスカットが大好きになった。

ピンクが大好きだったけど、それと同じくらいにティファニーブルーが大好きになった。

ジーンズを履くようになった。

周りからどう思われてるのか、前よりもどうでもよくなった。

哀しいこと、つらいことを忘れやすくなった。

(同じくらい、覚えておきたいことも忘れてしまうようになった)

モノを出来るだけ減らしたいと思うようになった。

 

 

これからも変わるのかな。

 

 

ピースフル権化/蒼井ブルー

 

普段、発売日前に本を予約してから購入する、という行動は一年に一度あれば良い方なのだが(読書してなさ加減が分かる)、

今回は久々にわくわくして、Amazonで予約しておいた。

 

ピースフル権化

ピースフル権化

 

 

 

蒼井さんの言葉がとても好きだ。

何故だろう。

もう大人なのに、まだ青春時代の真っ只中でいてもいいよ、と後ろから押されている感。

でもそこには立ちはだかる大人の壁があって、

その狭間でまだ揺れて、もがいててもいいんだよ、と言われてる感。

 

私は多分、女子特有の感情センサーがブンブン揺れ動くタイプの面倒くさい女で、

自分のそういう傷つきやすい所が嫌いなのだけど、

蒼井さんの文章を読んでいると、

それでもいいよ、君が好きだよと言ってもらえているような気がする。(妄想)

 

今回の本は蒼井さんの日々の些細なことを丁寧に書き下ろしたエッセイなのだけれど、

途中から「え?これエッセイですよね??フィクションじゃないですよね?」

というくらいにドラマティックというか、なんというか、

予想だにしていなかったことが起こり。

 

大変申し訳ないですが、

「本のためにこの出来事があったのでは…!」と思うくらいだった。

蒼井さんには申し訳ないけれど、一瞬戸惑った読者さんは多かったのでは。

 

蒼井さんが本の中で泣いていたとき、

私も心の中で泣いたよ。

蒼井さんを抱きしめたい…!!(良い迷惑)

でもきっと付き合ったら上手くいくタイプだと思うだ私達?

でもサッカーのことは何も分からないから振られちゃうかな。

 

悔しいくらい、

蒼井さんの言葉は素敵だ。

まだ自分は自分でいてもいいのかも、と思い、

久々に日記を書いている。