わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

せかいたちのおわり。

人生にハイライトがあるとしたら

ここだけは譲れない!というのがあって

それだけできっと幸せだったのだと思う。

 

私がこのまだ短いようで長い人生の中でそれを思い出すとき、

ミスチルのWorlds endがいつも流れていて

何度でも何度でも思い出す。

まだ死にたくないって思うとき

その曲を聴くのです。

 

 

心のむく先。

久しぶりにサカナクションユリイカを聴いた。

懐かしさで心が潰されそうになった。

 

昔の日記を読んだ。

 

ちょうどユリイカが発売された頃で、

それは3年以上前で、

あの頃の気持ちをもう忘れていた気がしたのに

言葉で残しておいて良かった。

 

滅茶苦茶に幸せな気持ちと、

滅茶苦茶に死にたい気持ちが交互に、そして短い間隔でやってきて疲れていた。

けれど色んなところに行こうとしていた。

 

前より、そういう、消えてしまいたい衝動はなくなってきたけど、年齢を重ねるにつれて増えて行く心の空虚感は何故だか拭えない。

大人になってしまったからかなと諦めていたけれど、自分以外の人はそうじゃないのかもしれないと思うと、とても損をしている気がしてくる。

心をうまく明るい方にコントロールできることが大人としてのあるべき姿なのだと、最近はよく感じる。

 

この不思議な空虚感はいつか消えることがあるのだろうか。

 

結論は出ず。

ここ最近、何故かかなりの頻度で

「君はもっと自信を持っていいんだ!」とか

「もっと自信もってよ」

などと言われたりした。

それはきっと私の背中を押す意味で言ってくれたのだろう。

 

けれど私にとってはそれはキラーワードであり、

自分の一生の課題なのではと思っている。

 

何故こんなに自分のことを認められないのかたまに考えるのだけど、

原因がよく分からないのである。

 

自己肯定感の低い人は、親の育て方が悪かったとか言うけれど

うちの親はどちらかというと親バカな方だったし、よく褒めてくれた方だし、

根本を否定されたような思い出は見当たらない。

だから私はもう、細胞レベルでこの性格になってしまったのではないか?と考えている。つまり遺伝子ですね…

 

しかしそうも言ってられない。

性格はすぐに変えられなくとも、せめて行動は変えられる。

 

…って、何から始めればいいんだろう?

女王様になった気分で生活してみたらいいのだろうか。それはもはや私ではない気が…

 

自分を保ちつつ、傲慢にならず、

自分に自信を持つとは????

 

などと最近はぐるぐると考えていた。

これはもう本に頼るしかないな。

 

根拠のない自信を持った人生を送ってみたいものだ。

 

 

頭と心の乖離。

写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴くことが唯一の趣味みたいなものだったのに

ほんとになんにも無くなってしまった。

何故だろう。

それがとても哀しくて、空っぽに感じる。

 

数年前から、

自分が楽しいと思えることが何なのか分からなくなって、

お休みの日の夕方に1人でいると、消えてしまいたい気持ちでいっぱいになる。

夜になると平気になるから不思議だ。

 

でもいまだに、暇がとても怖いし、

時々、私のこの落ち込み用はもはや病気なのでは???

と思う時もあるのだけど、チョコレート欲というか、食欲はあるので病気じゃないんだろうなと自己診断をして今に至る。

 

『全ては考え方、捉え方次第だ』

ということが頭で理解できても、

心がなかなか、追いつかない。

 

 

 

全ては決定力なのかもしれない。

 

最近一緒に仕事をしている、社内キーマンの人が同い年でしかも後輩にあたる。

Dさんである。

同じ年代の人と対等に仕事できることがあまりないので、貴重だな、楽しいな、と少し思っている。

ただ、お互いに未熟な部分がありすぎて試行錯誤。頑張っていると思う。

 

今関わっている仕事は、特定のユーザーさんがいないため、全て自分達が決める。

出来るだけ、今後に繋がるような最大公約数的を見つける。

でもそんな簡単なことじゃない。

 

Dさんの所に仕様を確認しに行くと、

ノートパソコンの周りがいつも散らかりっぱなしで、

忘れないようにタスクを付箋紙に貼ってあったりする。

 

その中に、

 

『あっちをたてればこちらがたたず

こちらをたてればあちらがたたず

むずかしいんだなぁ   Dを。』

 

と付箋紙に書いてあって、思わず笑ってしまった。

 

 

「ずっと気になってたんですけど、なんですかこれ笑」

 

「ああ、思ったことを書いたら、つい。。笑」

 

頑張ってんなぁ。

私も頑張らないとなぁ。

(と思いつつ、体力が足りない。)

ララランド

(一応ネタバレなし)

 

映画はとてもじゃないけれど詳しいとは言い難い。

 

けれど、アカデミー賞ノミネートということと、ミュージカル映画で人気になっているというミーハーな理由で、ララランドを観に行った。

昔の知り合いからも『ララランドがとても良かったので見てください!僕は2回目を観る予定です』と連絡が来た。ふむ。

 

どうしても諦められない、周りから見たら叶えられそうにもない夢を追いかける若い男女2人の物語。

ヒロインのエマ•ワトソンは同じ人間とは思えないほど、人形のように可愛らしく、着ている衣装(ワンピースが多かった)がどれも可愛かった。

ライアン•ゴズリングはスーツ姿がたまらなくかっこよかった。私がスーツフェチなせいかもしれない。

 

予備知識ほぼゼロの状態で観たため、最後のシーンでこんなに自分の中の琴線に触れるなんて思わず、予想外にボロボロと泣いてしまった。

理由は単純なことで、自分と重ねたのだろうと思う。

『もしまだ一緒にいたら』『あの時他の道を模索していれば』

生きていくほどにタラレバは増えていく。

生きていくことは想像以上に上手く行かないし、逆に、突然予想だにしないトントン拍子がきたりするのだろう(そうだと信じたい)。

人生で1番輝いてる時間が青春時代だなんてあまり思いたくはないけれど、青春時代に一緒に過ごした人のことは死ぬまで忘れられない。その時の事はあまりにも輝いていて、そのあとの長い大人の人生の中でふと思い出して胸がいっぱいになる。一瞬だけ。開けたらせつなくなる宝箱。

 

 

ほろり

幸せなことはすぐ終わってしまうって思うのに

つらいことは永遠に続くのではないかと思ってしまう。よくないことだ、と自分に言い聞かせる。

 

先日、Kさんが「野菜果物をベーコンで巻いたやつが食べたい」と言うので作ってみた。

ベーコンで巻くものと言ったらアスパラくらいしか思い浮かばないのだが。

以前、アメトークの福岡屋台芸人で紹介されていた屋台で、オシャレなベーコン巻きが出ていたのを思い出した。それをリクエストしたらしい。

なんとブドウまでもベーコンで巻いていたのである。未知の世界。

 

小ねぎとチーズをベーコンで巻いたり、あとはミニトマトやエノキやアスパラ、そしてアメリカ産のブドウをベーコンで巻いて焼いた。

味付けは塩コショウのみ。

 

塩は、キリヤ君が前にくれたフランスの高級お塩を使った。粗くて、とても良い。

 

あと、ベーコン巻きの他にイワシの煮付けをくつくつと煮込んだ。

 

Kさんとご飯を食べていると何だかしあわせだなぁと思う。しかしKさんがどう思っているかなんて、私は分からない。

数ヶ月したらもう会えなくなっていることだってある。

未来なんて、何も分からない。

 

 

 

仕事中、しあわせな朝ごはんのことを思い出していた。

 

炊きたてのゆめぴりか。

味が安定しない私のお味噌汁。

Kさんの不思議な特製目玉焼き。

大きな梅干し。

納豆。

あれば、ヨーグルト。

あれば、季節のフルーツ。

 

テレビを見る横顔。

私には分からないストーリー。

小さな部屋。

 

それは永遠なんかじゃないんだって思えて哀しい。

誰かが簡単に手に入れられることが、私にはとても難しくて、

簡単に幸せにはなれないことを、最近とても痛いくらいに思う。

 

そんなことを思っていたらデスクで涙がぽたっと流れて、

すぐに赤い疲れ目の目薬をさしてごまかした。

 

幸せなことを探しに行くことの難しさを

年々深く感じている。