わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

ブログ開設。私と日記の関係性について。

 

2017年。新しい1年の幕開けに伴い、新しくブログを開始してみることにした。

今までは自分の外部記憶として写真日記のようなものをレンタルし非公開として続けていたのだが、今年は鍵のない全体公開のブログを書いてみたいと思ったのだ。

 

そのきっかけの一つになったブログがある。

 

ジャニヲタ界に君臨する女神、『あやや』さんが書く「それは恋とか愛とかの類ではなくて」である。

moarh.hatenablog.jp

 

ブログタイトルからして、私のドストライクをつくこのブログ。

 

ちなみに私はジャニヲタではなく、ジャニーズについての知識は一般程度の人間であり、私はあややさんのブログをジャニヲタの一人として読んでいる訳ではない。

(むしろジャニヲタだったら更にあややさんの記事が好きだっただろうと、自分を少し残念に思う)

 

そのため、このブログに出会ったきっかけもジャニーズ関連ではなく、RADWIMPSのボーカルである野田洋次郎のエッセイ『ラリルレ論』が発売された際に、「ラリルレ論」のレビューを書いている人はいないだろうか?とぐぐってみた時だった。

その時、検索結果のかなり上位にこの、あややさんの書く「それは恋とか愛とかの類ではなくて」のブログに書かれていた記事【本「ラリルレ論」野田洋次郎】に出会った。

 

moarh.hatenablog.jp

 

その記事がまた秀逸だった。一瞬で文章に惹きこまれた。惰性で読む箇所など一切無かった。私には。

 

それはラリルレ論のレビューは記事の一部であり、あややさんとRADWIMPSとの人生の関わりについてまとめられていたものだった。

あややさんがジャニヲタを休止していた際にどのようにしてRADに出会い、どこに惹かれたのか。そしてラリルレ論。そしてRADWIMPSの聴きなおし。

分かる。分かる。RAWIMPSとの出会いの衝撃、それから過去を取り戻すかのように貪り聴くような日々。私もそんな感じだった、と思わずあややさんに握手しに行きたくなった。

 

生きている時、とてももどかしい時がある。

感情を言葉としてアウトプットできない時だ。

あややさんのその記事は、それを瞬時に解決してくれるような文章だった。

私もいつか、あややさんのような文章を書きたい。

それは、文体そのものなくて、感情や事実をフィルター無しに書けるような、そんな文章である。

それは私にとって、小説や詩ではなく、やはり日記だと思った。

 

思えば私にとって今までの人生の中で、日記という存在はとても重要な要素だった。

記憶を辿っていくと、小学生の頃からずっと日記に触れ続けていたように思う。

 

小学生低学年の頃は、担任だった女性の先生が大好きで、高学年になる際に先生と別れるのが淋しくて、日記に今までの先生との思い出や、これから先生なしにどうやって学校で生きていけばいいのだろう…と言った淋しい感情を6ページくらいに渡り書き連ねた記憶がある。号泣しながら書いて日記が汚れていた。今考えると気持ち悪いな。

高学年のときも連絡帳に絵と文章を書いた。

 

中学生になってからは、連絡帳に短い日記を書いた。

先生(男性)からの返事はいつも簡素であっけなかったが、保護者面談にて母が先生から「はるさんが連絡帳に書く日記がとても独特で、いつも楽しみです」と言われたと言っていた。

(そのせいか、母が私の日記をこそこそ隠し読んでいたのを知っていたし、それについては嫌悪感でたまらなかった。)

 

高校生になり、インターネットの深みに拍車がかかり、WEB日記を書いていた。

ここがアナログとデジタルの転換期である。

当時私がWEB上のチャット(当時はチャットが流行っていた。多分。)で知り合った、会ったこともない、少し年上の女の子が書く文章がとても好きで、

それを真似てみたかったのだろうか。簡単なHPを作成し、BBS(死語)と日記だけを設置し、高校生として感じていた、哲学めいたもの(たぶん今読んだらしにたくなるかもしれない)を書いていたように思う。もうこの世から抹消されているのだろう。見れるものなら見てみたい。あの頃の自分の心とやらを。

 

大学生になると日記中毒に更に拍車がかかり(どこまでいくんだ)、WEB日記のレンタル数は多い時に4,5個あったように思う。

それぞれのブログで自分のキャラクターを使い分けて”演じて"いたのではなく、

「これは日々の記録」「これはあの人に見てもらいたい日記」「これは恋愛のことだけ書く日記」など、用途で分けていた。

用途と言いつつ、その数の自分が存在していたのだとも思う。

狂ったように毎日毎日、とにかく日記を書いていた。大学生という、怠惰で最高で、けれど何気に忙しい毎日の中で感じる、最高に生意気な日常と、子どもと大人の葛藤についての感情を書きなぐった。

「あんなことが起こった」という事実ではなく、「こんなことを思った。」それが9割だったと思う。

今思うと病気に近かった。完全なる依存だった。大学から帰宅するとすぐにパソコンを起動し、すべての感情をそこにぶつけた。

もうその日記は稼働していないが、その時の感情を残しておきたくて、htmlファイルとして保存している。近いうちに読み返してみよう。恥ずかしさできっと心がしぬ。

 

社会人になると、日記中毒の病気は落ち着き始め、ほぼ「写真日記」もしくは前述した「恋愛のことだけ書く日記」の2つになった。どちらもレンタルWEB日記である。

後者である「恋愛のことだけ書く日記」は私にとって特別な存在だった。

 

その訳は、その日記が、今から10年以上前に親友から誕生日プレゼントとして贈られたものだったからである。親友がレンタルしていた日記のIDとパスワードをもらったのだ。

親友はその場所で日記を書いており、私はその日記を飲むのが好きだった。彼女には文才があり、ネット上でも人気の日記だった。

 

あの当時にWEB日記をプレゼントとして贈るなんて、なんて粋なことすんだよ、私の親友よ。愛しているよ。

 

この歳になり、恋愛のことについて書けることが少なくなったため、その日記はほぼ稼働していないのだが、私にとってはとても大切な日記である。今は一年に一、二度のペースの更新かもしれないが、なくなったら非常に困る。

運営さんにはどうか頑張ってほしい。

 

きっと全てを読み返すと、大学生の頃の弱い私や、それからも結局ずっと根本が変わらない弱い私であることを再確認して、また死にたい気持ちになるのだろうが、それを知るのもまた人生。

 

そんな感じで、今年はここで、私のために、私の書きたいテーマについて書くという果てしない自己満ブログを書いていこう思う。

一発目からこんな長文でいいんか。