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わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

音楽と記憶。

 

嬉しいときには新しい音楽を聴きたい。

嬉しい感情だった事実と、音楽が紐付くから。

そのあと条件反射みたいに、その音楽を聴いたら嬉しいことを思い出せそうだから。

私にとってそれはcapsuleであったりMr.Childrenの『World's end』であったりしていた。ほんの一例。

でも今はそれを聴くことも少なくなってきた。。そこにあった嬉しさがもう戻らないことを知ってるから。

だから新しい曲を聴き続ける。好きな曲に出会って新しい音楽に包まれる幸福な瞬間。たまらなく好き。生きていて良かったと心底思う瞬間。NO MUSIC NO LIFEなんて言いたくないけど、音楽があって良かった。そう思う。

 

逆に哀しいときは新しい音楽は聴かない。最近はそうしている気がする。それが無理な時もある。同調したい曲を選んでしまう時もある。

 

一昨年の夏は何故かRADWIMPSの『ものもらい』をひたすら聴いていた気がする。アルバムにしかないマイナーな曲だ。夏の夜、窓を開けて、かなしいなぁと思いながら聴いていた。

あとは懐かしいなぁと思いながら、Coccoもたくさん聴いたりしてた。今はもう聴いてない。

 

今、ワンオクの新しいアルバムがとても聴きたい。けれど今は哀しいことが待っている気がして聴けない。明るい未来を想像したら、それが現実になるっていうけど、その力を信じられないくらいの哀しいことが起こりそうな気がしていて聴けない。期待させておいてどん底に突き落とされることほど哀しいことはない。今は聴かないでおこうって思う。少し元気が出てきたら聞こう。

 

未来を選べる立場であることを幸福に思う。もうギリギリなのかもしれないけれど。

 

早くワンオクの新曲が聴きたい。

早くあったかくならないかな。早く春が来ないかな。

 

今はずっとRADの『なんでもないや』を聴いている。野田君の声を聴くととても安心する。せつないようであたたかい曲。

半年くらいずっと聴き続けている。飽きない。

なんて幸せなことだろう。

 

amazonから『ラリルレ論/野田洋次郎』が届いて、少しずつ読んでいる。

読み終わるのが、少し、怖い。