わたしの代わりに空が泣く。

有益な情報は含んでおりません。

『君の名は。』

この気持ちをどうにかして言葉にして残しておきたい、そう思ってからもう2年が経ってしまった。あの時の新鮮な気持ちを正確に書き起こせるか分からないけれど、もがきつつ言葉にしていきたいと思う。

 

2年前公開され大ヒットとなった映画『君の名は。

私も世間の例に漏れず、この映画の虜になってしまった一人だ。

普段、私は音楽や映画、漫画などのエンターテイメントに対してどっぷりハマるということがない、どちらかというと非情熱的な淋しい生活を送っている。けれどこの映画はどうも私の琴線にふれてしまい、映画館では計4回の鑑賞、そして普段は絶対手を出さないBlu-rayディスクまで購入してしまうという有様。しかも、予約可能日にテンションを抑えきれずに、情報を精査しないままAmazonで1番高いものを購入してしまった。(結果、私のテレビでは見ることのできない画質の良いものが付いてくるという失態を犯した。)

 

アニメも映画も嫌いな方ではないけれど、そこまでハマれる自分ではなかった私がここまで好きになってしまった理由を挙げていこうと思う。

 

①映像と音楽(RADWIMPS)の融合

もう8割がこれに尽きるのだと思う。

 

元々RADWIMPSは私の大好きなバンドであり、歌詞と音楽どちらも愛して止まない。

 

映画の冒頭で流星が落ちる夜空を見上げる主人公たち、そこでRADの野田くんの声がシンプルに響いた瞬間から、私は鳥肌が立っていた。

 

「ああこのまま僕たちの声が

  世界のはじっこまで消えることなく

  届いたらいいのにな…」

 

君の名は。のアルバムで、個人的に『なんでもないや』と1、2位を争うくらい好きな『夢灯篭』という曲だ。

短い曲だけれど、サビの盛り上がり方と曲全体の爽快感が映画の世界観と合致している。

 

「いつか行こう 全生命も未踏未開拓の

 感情にハイタッチして  時間にキスを」

 

こんな歌詞、、書けるか?!

と、もう既に書きながら今私は興奮している。野田君ありがとう愛してる。

タイムトラベラーの物語なので、主人公2人が体験する不思議な身体の入れ替わり、そして時間を駆け巡るという体験は確かに全生命が未踏未開拓であり、そんな感情を味わうなんてことはない。そこに絡めて更に時間に対しての恋と愛。改めて熟考してもやはり野田君の感性に惚れ惚れする他ない。歌詞だけでなく音の運び方も、それはもうめちゃくちゃに好きで。

 

最初シンプルに野田君が歌うしっとり感から、物語がスピードを速めてゆくシンクロしていくサビの疾走感がなんとも言えない。

この曲を知ってから私は数ヶ月間この『夢灯篭』ばかりをエンドレスリピートで再生した。

この曲を聴くことで、普段の泥沼のような生活からなんとか清らかな感情を呼び起こし、多幸感に浸っていたように思う。

 

おっと、冒頭だけでこんなにも書いてしまった。最後まで持つ気がしない。

 

とにかくこんな感じで(急にはしょった)、監督の新海さんが至る所で語っているように、この映画とRADの音楽は密接に絡んでいて、映画のBGMとしてではなく、映像と音楽が同じ土俵の上にあり、どちらかがどちからの補佐をするのではなくて、どちらも重要な素材になっているのだと思う。

 

ちなみに最後あたりに流れる『なんでもないや』も狂いそうな程好きな曲。

私が死んだら棺桶にこの曲かフジファブリックの『若者のすべて』を入れてくれと頼んである。

 

映画館で1度目の鑑賞をした際、映像と音楽だけで胸がいっぱいになってしまい、夢灯篭の時点で涙が溢れてしまった。なんでもないや、の時点では確かに号泣していたような気がする。こんな人間は私だけですか。はい。

 

②田舎と都会のそれぞれの輝き

私自身が山に囲まれた田舎出身ということもあり、ヒロインの三葉が都会に憧れる気持ちも、都会に住む瀧が三葉の住む田舎に対して「ド田舎」と罵りつつも糸守湖のキラキラに心を揺さぶられる(と、私は勝手に思っている)気持ちも、どちらもとてもよく分かったし感情移入できた。

 

三葉が瀧に初めて入れ替わり、マンションの扉を開けて登校しようとするシーンで新宿駅のあたりの景色がキラキラ映る。

「東京やぁ…!!」と高揚する三葉。分かる。分かるよ。私ももう関東に住んで10年以上経つのだけれど、東京を1番肌で感じるのは新宿で、東京はここから始まるんだという感覚になる。

それは私が子供の頃、上京するバスの終点がいつも新宿で、新宿でバスを降りてから旅のワクワクがそこから始まったからだと思う。

 

そして瀧が体験する飛騨の田舎も、私が田舎を離れて分かった地元の良さを再現しているようで胸がきゅんとなる。

カフェなんておしゃれなものがなくても、そこには夏の涼しさと、地元の神社、風習、小さなお祭り、校庭が広い高校があって、それはその当時当たり前でも、離れてみて初めてそこが貴重な地であったことを知る。

 

「もうこんな田舎いやや!」

と夜の神社の階段から叫ぶ三葉だけど、

三葉自身が都会で暮らすようになってからは、あの田舎の時間の流れとか、澄んだ空気とか、ガラガラの電車とか、そういうものが愛しくなったんじゃないかな。そんなシーンは出てこないのだけれど、大人になって都会で生きる三葉を見てそう思ったのだった。

 

おばあちゃんと組紐を作る時に映る縁側とか、池のキラキラとか、

テッシーが三葉が踊る神社を窓側に座って見上げるシーンとか、もう好きすぎて、いつ見ても、ああああいいなぁあああってなる。田舎の夏の夜が好きなせいだな、これは。

 

③程よいコメディさ

これはもうね、おっぱいを揉むシーンに尽きる。(ぉぃ)

瀧が三葉に入れ替わり慣れてきた頃、「あいつに悪いか…」と優しく笑って自分の胸を揉むのを止めて、、からの3秒後にもう揉んでたの最高じゃないですか。はい。

そんなクスっと笑えるシーンが時々紛れ込んでくる感じもとても良い。ガンガン笑いを取りにくるのではなく、狙っているのでもなく、絶妙な加減で笑えるポイントを置いてくれるのが有り難い。

 

④景色のキラキラ感

キラキラという単語でまとめてしまうのは失礼にあたると思いつつも、代わる言葉が見つからない。

新海さん特有の景色の輝きはもう言うまでもない。このキラキラ感が、現実味がなく露骨で嫌だという人がいても不思議ではない。

でも私は、実際に生きる時に感じられないこのキラキラ感を味わえるこの映像が好き。だって映画だもの。エンタテインメントだもの。現実ではないものを味わっていいじゃない。

あんなに綺麗に降り注ぐ流星を、夢の中でいいから見てみたいよ。

 

 

まとまりの無い文章になってしまったけれどこの辺にしておく。

きっと後で読み直してちょこちょこ加筆修正を繰り返してゆくであろうこの記事。どうかお許しを。

 

※ちなみに君の名は。で1番好きなキャラは三葉の同級生のてっしーです。

成田凌君が声なのもまたらんし、あの純朴で胸に秘めた優しさのあるてっしー最高じゃないですか。すき。